大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和43年(ワ)13377号 判決 1971年8月28日

原告

吉田亮

被告

カネク株式会社

ほか一名

主文

被告らは連帯して原告に対し金五五万七、七二八円およびこれに対する昭和四三年一一月二三日より支払い済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

原告の被告らに対するその余の各請求をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを一五分し、その一四を原告の負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。

この判決第一項は、かりに執行することができる。

事実

第一、請求の趣旨

一、被告らは連帯して原告に対し金八八二万六、四〇〇円およびこれに対する昭和四三年一一月二三日以降支払済みに至るまでの年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二、訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

第二、請求の趣旨に対する答弁

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を各求める。

第三、請求の原因

一、(事故の発生)

原告は、次の交通事故によつて傷害を受けた。

(一)  発生時 昭和四一年九月一四日午前一一時三〇分頃

(二)  発生地 東京都杉並区阿佐谷一丁目一番一号

(三)  加害車 普通貨物自動車(多四す四三九八号)

運転者 被告福田

(四)  被害者 普通貨物自動車(練四せ九四五九号)

運転者 原告

被害者 原告

(五)  態様 追突

(六)  被害者である原告の傷害の部位程度は、次のとおりである。鞭打症(頸部・胸部・腰部)

(七)  また、その後遺症は次のとおりであつて、これは、自賠法施行令別表等級の六級に相当する。

頸部鞭打症は右別表七級四号に該当し、腰部のそれは一二級一二号に該当するので、これを総合し、六級該当の後遺症となる。

二、(責任原因)

被告らは、それぞれ次の理由により、本件事故により生じた原告の損害を賠償する責任がある。

(一)  被告会社は、加害車を所有し、これをその業務用に使用し自己のために運行の用に供していたものであるから自賠法三条による責任。

(二)  被告福田は、事故発生につき、次のような過失があつたから、不法行為者として民法七〇九条の責任。

自動車運転手としては、前方を注視し、自車の進行に障害となるものの迅速な発見につとめ、これらとの衝突等の危険を避けるため適切な運転方法をとらなくてはならないのに、これを怠り、脇見運転を行なう過失を犯した。

三、(損害)

(一)  治療費等

1 将来治療費 金二四万円

原告は、その症状の悪化を防止するため、本訴提起時の昭和四三年一一月一四日より一カ年間月当り二万円の費用を要する治療を受ける必要があるものとされているので、この費用会計額二四万円相当を本件事故のため損害として蒙つていることになる。

(二)  休業損害

原告は、右治療に伴い、次のような休業を余儀なくされ金二〇一万六、〇〇〇円の損害を蒙つた。

(休業期間)昭和四一年九月一四日より昭和四三年九月一三日迄二年間

(原告の事故時の職業)左官

(事故時の年収)金一〇〇万八、〇〇〇円

(三)  逸失利益

原告は、前記後遺症により、次のとおり、将来得べかりし利益を喪失した。その額は金六三五万〇、四〇〇円と算定される。

(生年月日)大正一三年二月七日生

(稼働可能年数)二〇年(本件事故時より)

(労働能力低下の存すべき期間)昭和四三年九月一四日より一八年間

(収益)月収金八万四、〇〇〇円年収一〇〇万八〇〇〇円

(労働能力喪失率)五〇%

(右喪失率による毎年の損失額)金五〇万四、〇〇〇円

(年五分の中間利息控除)ホフマン複式(年別)計算による。

なお、原告は、本訴主張請求金額が、なんらかの理由で、請求の趣旨額に達しないことある場合にそなえ、次のとおり予備的主張をなす。

原告の従事する左官職の日当は昭和四五年七月一日より一日当り金四、〇〇〇円と従前の額に比し、金一、〇〇〇円増額された。よつて月収は金一〇万円となるので逸失利益は、これにもとづき算出した金七五六万円とみることになる。

(四)  慰藉料

原告の本件傷害による精神的損害を慰藉すべき額は、前記の諸事情に鑑み金二〇〇万円が相当である。

(五)  損害の填補

原告は被告らから損害賠償金内金として既に金一一四万円の支払いを受けたほか、自賠責保険金六四万円の給付を受けたので、これを本訴右損害金に充当した。

(六)  弁護士費用(予備的主張)

以上により、原告は金八八二万六、四〇〇円を被告らに対し請求しうるものであるところ、被告らはその任意の弁済に応じないので、原告らは弁護士たる本件原告訴訟代理人にその取立てを委任し、弁護士会所定の報酬範囲内で、原告は勝訴見込額の一〇%を手数料として、報酬として同じく勝訴見込額の一〇%を第一審判決言渡時に支払うことを約した。よつて右金一七六万五、二八〇円を弁護士費用相当分として、本訴請求金額がなんらかの事由で請求趣旨額にみたない場合にそなえ、予備的に主張請求する。

四、(結論)

よつて、被告らに対し、原告は金八八二万六、四〇〇円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四三年一一月二三日以後支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯しての支払いを求める。

第四、被告の事実主張

一、(請求原因に対する認否)

第一項中(一)ないし(五)は認める。(六)のうち、原告傷害の事実は認めるが、部位程度は不知。(七)は否認する。

第二項中、被告福田が脇見運転をした点は否認するが、その余の事実は認める。

第三項中(五)は認めるが、その余の事実は否認する。

第四項は争う。

二、(抗弁)

(一)  損害の填補

被告らは本件事故発生後、本件事故のため、原告において蒙つたと思われる損害については、治療費四四万五六四二円、交通費一万八、三〇〇円、休業補償費一一四万(原告主張の任意弁済分)、その他三五万円の支払をなしており、原告が本件事故のため蒙つた相当の損害は右弁済と、自賠責保険給付金で填補済と考えられる。

原告の本訴請求損害金は、本件事故と因果関係がないか、または右支払で填補済かのいずれかの理由により、失当である。

第五、抗弁事実に対する原告の認否

金員支払の事実および治療費、交通費額はすべて認めるが、その余の事実は否認する。治療費・交通費は本訴請求外であり、休業補償費は、既に本訴請求より控除済みである。

第六、証拠関係〔略〕

理由

一、原告主張請求の原因第一項(一)ないし(五)の事実は当事者間に争いなく、次に〔証拠略〕によると、被告福田は加害車を運転し、被害車に追従して、本件事故現場に至つたのであるが、その際、降雨のため路面はぬれ車はスリツプし易い状態にあつたのに、前車である被害車との車間距離を充分とらず、その間僅か四米で進行していたため、先行の被害車が、信号機の表示するところに従い停車したのを認め、急ぎ停車の措置をとるも、濡れた路面を滑走する結果となり、加害者を被害車に追突させることになつたこと(本件事故態様が追突であることは当事者間に争いない)が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠なく、右認定事実によると、被告福田は、追従車運転手として遵守すべき車間距離保持の義務と降雨による濡れた路面での安全な停車措置義務に反し、四米の車間距離で進行し降雨中急停車措置をとる過失を犯し、結局原告主張の、追従車運転手として守るべき注意義務に反する措置をとつたため、本件事故を惹起しているので、不法行為者として、損害賠償責任を負わねばならぬことになり、また原告主張の運行供用者該当事実を争わない被告会社も、運行供用者として、賠償責任を負担しなくてはならない。

二、そこで本件事故による原告の損害について検討する。

(一)  (本件事故による受傷の程度)

〔証拠略〕を総合すると、次のような事実を認めることができる。

原告は、本件事故当時左官職として顕著な病状をもたず、外見上通常人とかわりなく、稼働していたものであるが、大正一三年二月七日生という年令と左官職という労働内容が身体に及ぼす影響結果として、変形性脊椎症の肉体的特徴を有するに至つていたところ、本件事故により、同乗者である訴外加藤勇のそれよりは若干強い衝撃を受けたもののX線上明確に認識できる骨の異常等は前記肉体的特徴として従前保有していたものに、まず限られ、右のような肉体的特徴がなければ、最も順調な経過を辿るとすると、約二週間の入通院治療で、一応対処的・外科的な療法を終り、その後は神経科的治療により完治も認める程度の頸椎捻挫・腰部捻挫等の傷害を受けた。そして外科的・対処的な治療は右診断どおり、ほぼ二週間の入院治療で大約終つたが、その後昭和四一年一〇月五日よりの神経外科医院での実治療日数二九四日に及ぶ治療においては、一時認められた脳波異常は消滅し、顕著な握力低下や異常は認められなかつたものの、前記肉体的特徴のため、通例人に比し、その頸部・腰部に対する衝撃が、強度に、かつ、長期間後遺するようになり、通常人ならばより軽微な程度の段階である頸部に頑固な神経症状を残す症状で固定したものと認められる昭和四三年四月三〇日の時点で、頭痛・腰痛・目まい・脱力感等を覚え、かつ、該症状の存在が諸検査の結果からも肯定しえ、日常の生活活動としては、歩行・走行には大きな障害はないが、重量物の運搬・高所の昇降などにかなりの障害があるため、従事しうる職務が相当程度制限される症状をもつて、医学的な療法によつての早急な改善はもはや望みえない段階に立至つている。

以上のような事実が認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果の一部は、前掲証拠に照らすと、実体を正確に把握してのものとはいえず、また、右認定に一見反するかにみえる甲第一および第三号証の記載の一部、証人田中千秋の証言は、これを仔細に検討すると、右認定に反する趣旨のものとはいえず、そのほか、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実に従うと、原告が変形性脊椎症の症状をもたなかつたならば、本件事故により受けた傷害を二週間に亘る入院と二九四回の通院治療の後自賠法施行令別表一二級の後遺症をのこし、その後は、社会復帰への意欲と、生活馴化とにより三年の間には通常人にかわらぬ労働能力の回復が期待される段階に昭和四三年四月三〇日に立至つたはずであつたのが、右肉体的特徴を有していたために同様の治療を施しても、同時点で前回別表九級該当の後遺症状を残し、その回復には五年の期間が必要とされる結果となつていることになるわけである。

かような被害者が元来有していた肉体的特徴のため、本来蒙る損害よりも数量的に大なる損害を蒙つた場合、事故なくも右特徴から労働能力低下が生じるような事情が窺われる場合は、勿論、右損害部分は、事故と因果関係を有しないものとして賠償を否定することになるが、かかる事情が、本件全証拠によるも明確に窺われない、本件においては、右損害の拡大部分についても、本件事故による損害が一因となり、これが被害者の特異性と相まつて損害発生したものとみるほかなく、拡大部分の損害賠償を全面的に否定することは妥当でない。しかし右損害は、被害者の肉体的特徴という、被害者側の責任領域内の事象が寄与して、右認定のような数量の損害となつているのであるから、かような加害者側で支配関与しえず、本来被害者の側で、健康維持につとめ、それを怠り、あるいは如何ともしえないときは、自ら不利益をうけるよりほかない事象のため発生した損害については、その寄与度の明らかな限度で、該当損害は本件事故のため生じたものとして加害者が賠償する損害とはなつていないものとみるのが公平の理念に合致し、過失相殺法理などと同一理念に立脚するところより生じる帰結と考えられる。そして、前記認定、とくに本件事故によるものと明確に認められる骨の変形等がないことなどに鑑みると、被害者の特徴の損害拡大部分に対する寄与度は七〇%とみるのが相当である。

(二)  (将来治療費)原告は、前記症状固定時以後も、症状悪化を防ぐための治療を必要とする旨主張し、〔証拠略〕には、原告が右症状固定後も治療を受けている旨述べる部分があるけれども、右治療が必要不可欠なものと認めるに足る証拠はないので、将来治療費請求は認められない。

(三)  (逸失利益)右のとおり、将来治療費請求が認容されないので、逸失利益については、原告の予備的主張を含め検討するに、〔証拠略〕によると、原告は事故時左官職として一カ月に少なくとも二五日稼働し、日当二、五〇〇円程度をえていたこと、原告は右収入よりその職業活動のため、自己においても負担せざるをえない営業経費として収入額の三%相当分を控除した残額をもつて、自己と配偶者および三人の未成年の女子の生活を維持していたこと、原告ら左官職の日当は昭和四三年九月一日よりは金三、〇〇〇円に、昭和四五年七月一日よりは金四、〇〇〇円と改定されたが、右改定は、左官の労働能力に対する実質的評価の上昇と物価騰貴にともなう名目賃金引上げとが相半ばしていること、が認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

右認定事実によると、原告は、本件事故発生時点で予測するものとしても、事故時には金七二万七五〇〇円、昭和四三年九月一日よりは金八〇万〇二五〇円、昭和四五年七月一日よりは金九四万五、七五〇円の、年収を挙げえたものと認められるので、これより原告において収入を現実にうれば当然その納付義務を履行し、自己の手中に利得しえない所得税該当分を控除した金員、前掲順序に従うと金七〇万五、七五〇円、金七七万一、二二五円、金九二万一一七五円の各年収を、本件事故のため完全にはうることができなかつたことになる。

(1)  そして、前記(一)認定の症状固定時迄の五九五日間における通院頻度、治療経過に鑑みると、右期間も原告は一〇〇%労働能力を喪失していたのは、事故後一年間に限られ、その後二三〇日間は八〇%の喪失にとどまるものとみるのが相当であるから、治療に伴なう逸失利益損は、金一一五万〇五七〇円である。

(2)  同じく前記(一)認定の後遺症状に関する諸事情に照らすと、原告には、症状固定時より三年間労働能力を三五%その後二年間は二一%それぞれ喪失する症状が続き、そのうち、当初三年間の能力喪失のうち一四%喪失分については、本件事故による被告らの損害賠償責任が一〇〇%、その余については三〇%の責任が存することになり、これが現在価額を、原告らは症状固定時以後の日を遅延損害金起算日としていることに鑑み、症状固定時のそれを、ライブニツツ式で算出すると、次のとおり金五三万七、二一二円である(いずれも円未満五〇銭以上切上げ方式による。)。

『(五万八、八一三円×四月)+(六万四、二六九円×八月)』×〇・九五二×(〇・一四+〇・二一×〇・三)=一四万四、八二七円

『(七七万一、二二五円)』×(一・八五九-〇・九五二)×(〇・一四+〇・二一×〇・三)=一四万一、九九九円

『六万四二六九円×二月)+(七万六、七六五円×一〇月』×(二・七二三-一・八五九』×(〇・一四+〇・二一×〇・三)=一五万七、一八四円

『(九二万一、一七五円)』×(四・三二九-二・七二三)×(〇・二一×〇・三)=九万三、二〇二円

(四)  (慰藉料)前記認定本件事故態様・治療状況・後遺症状その他本件諸事情を総合すると、原告の本件事故にもとづく精神的損害を慰藉するには、金九五万円をもつて相当と評定できる。

三、原告が本件事故に関し、自賠責保険金六四万円と、被告らより賠償金一九五万三、九四二円を受領していること、および本件事故に関し、治療費として金四四万五、六四二円、交通費として金一万八、三〇〇円が出費されていること、は当事者間に争いないところ、右治療費・交通費以外なお、右弁済金が充当さるべき債権の存在を証するに足りる証拠はなく、そして、〔証拠略〕によると、右弁済金は、遅延損害金以外の損害金に充当する意思で、支払・受領されていることが認められるので、前記損害金合計金二六三万七、七八二円より自賠責給付金六四万円と、被告ら弁済金一四九万円を控除した金五〇万七、七八二円が、なお原告において被告らに対し、連帯しての支払を求めうる損害相当金である。

四、従つて原告は金五〇万七、七八二円の賠償支払を求めうるところ、〔証拠略〕によると、被告らはこれが任意弁済をなそうとしなかつたので、やむなく原告は弁護士である原告訴訟代理人にその取立を委任し、着手金および成功報酬として判決認容額の各一〇%合計二〇%の金員を第一審判決言渡時支払う旨約定したことが認められる。しかし、本訴、訴訟経緯、認容額その他本訴諸事情を勘案すると、被告らに右のうち負担を求めうる弁護士費用はその現実支払時は事故時でなく、右認定のとおり、判決言渡時であることを考慮し、その間の中間利息該当分と判断される金員を控除したうえでの金五万円という金額の限度で相当であつて、これをこえる部分は理由がない。原告の予備的に主張する弁護士費用分は、右限度でのみ認容すべきである。

五、以上のとおりであつて、原告は被告らに対し、金五五万七、七八二円およびこれに対する本件事故日より後の日で本訴訟状が被告らに送達された翌日であること本件記録上明らかな昭和四三年一一月二三日より支払済みまで年五分の割合による民法所定遅延損害金の、連帯しての支払を求めうる。

よつて原告の被告らに対する本訴各請求を右限度で認容し、その余は理由なく失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条一項但書、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 谷川克)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例